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活動報告

Trip to Toronto(3期生小泉さんの独占ルポ)


 4月28日から5月10日の日程でカナダ・トロント大学を拠点に3期生のフィールド研修が行われます。今年度は3期生の小泉朝未さん[文学研究科・博士前期課程2年]が現地から報告して下さいます。カナダは多文化主義を国是として掲げている国です。トロントでどのような経験を得るのでしょうか。オンタイムで記事を更新できればと思います。以下、小泉さんからの報告です。

Trip to Toronto #7 再び出発の日

[写真7]ワークショップ発表の一場面

 トロントは今日も快晴です。早いもので、あと何時間かすれば飛行機で日本へ帰ります。わたしたちが出会う大学の先生やリサーチ・アシスタント、ホテルのスタッフと挨拶や会話を交わすことが普通になりました。トロント大学のある地区やまわりのカフェ、スーパー、中華街、ケンジントンマーケットなど空間配置もすっかり頭に入って、地図を見ずに目的地を目指すことができるようになりました。まだまだ知らないことはたくさんあるはずなのに、ここでの生活に馴染んできてしまって、出発することが惜しいような気分になります。

 講義のまとめに行ったワークショップでは、わたしたちが3つのチームに分かれて共生と多文化主義を比較しつつ、ここで感じた興味を掘り下げていきました。1日をかけて議論して、「共生」という言葉からイメージするものをわたしたちの間ですり合わせるだけでも、大変な作業です。日本で体験してきたことをトロント大学のひとに伝えるのも課題でした。西成のことやp4c(philosophy for children)、南三陸、Minamiこども教室などで見て、体感したことを伝えました。わたしたち以外にも、たくさんの生徒が自分の研究発表をしにきてくれました。発表の中にはアーティストたちもいて、自分の創作作品と多文化主義、民族性とを関連させて話してくれるひともいました。実際にそれぞれの文化の食品(臭いのキツイもの)をかいだりしながら、わたしたちの食と共生、移住などについて議論に導いてくれるひともいました。実際に昼食で出されたのはフィリピンの料理で、その中には、モツの煮込みのような料理があり、料理の原材料(内臓や血)を知らされたときにどう感じるか、言い合って、その感覚と食事や文化を受け入れたり、食べなかったり、拒否することと共生はどう関わっていくか議論ができました。ここに固まった答えを書くことはできないのですが、さまざまなひとがさまざまな形で考え、発表することが許されることが、ここで多文化主義が進化してながら進んでいる過程を表しているように思います。こんな会をまとめてくれたこちらのスタッフの皆さんにはとても感謝したいです。

 研修はあっという間で、自分が書いたものさえ見直すことができていません。でもこちらで感覚した味や気候、感情は、いままでの経験でもそうであったように、残っていくように感じます。答えを決めてしまわずに、共生や多文化主義にまつわる議論を続けていきたいと思います。

Trip to Toronto #6 盛り上がり

[写真6]楽しい食事のひととき

 今日は最後の講義でした。日曜日に訪れた教会や宗教の役割と多文化主義との関係を考えるものでした。教会は政府のサービスと同じように、マイノリティーが集まったり、民族の習慣に従うことができる場所を提供しています。教会での行為はホームを新しい移民してきた国で作る実践なのだという紹介があり、彼らの実践を多文化主義のなかで理解するために、自分の”Home(ホーム)”はどこかと問われることから講義が始まりました。ホームはある特定の人と関係すれば生まれるというひと、昔あったホームは物理的になくなってしまったから、それは過去の出来事であるというひと、帰る田舎やふるさととしてのホームをあげる人、留学に行って長く住んだ場所もホームになると言う人もいます。

 みんなが連日の講義やフィールドワークにもかからず、それぞれに経験を口にし、言葉を慎重に選んだり、なにかを思い出したり、情熱的に話す様子を聞いていると、ホームは人間がみな大切にしたい記憶や人との関係とつながって、持っているもののように思います。共生や多文化主義というとなにかを新しく作っていくことに目が行きがちです。しかし、みんながどこからやってきたのか、ホームを経験的に考えることで、共生をめぐる議論は単にマイノリティーの権利をマジョリティーが主張したり、奪ったりするのではなくもっと広く自分の関係あるものとして捉えることができるかもしれないと興奮してしまいました。これは忘れないでおこうと思います。ただ、講義を担当したProf, Girishは、それに加えて他者がわたしのホームをどこに規定するか、その違いや、他者が自分のホームにわたしがホームを作ることを認めてくれないそこからナショナリズム的な衝突が生まれるというふうに議論を進めてくれました。どんどん思考していけば、もっと多文化主義から共生を考えることができるような感覚に陥りながら、終わりの時間はすぐにやってきてしまいました。

 今日は、メンバーの二人が研修中に誕生日だったので、夕食とお祝いをいっしょにしました。研修に来ると、だれかのお祝いごとがあることで、みんなでカードを用意したり、ごはんをたべて話をしたりすることができます。私たちの間の会話も、お祝いの幸せな雰囲気によって、すこし変わります。

 講義では、歴史や定義や批判を教えてもらいながら、街にいるときに感じる圧迫感のなさ、ここにある各国の食べ物への適用や不適用、フィールドワークの体験、そういったものの新鮮さ、言語化の難しい感覚が多文化主義とは・・。共生とは・・。と決定してしまうことを妨げています。そうはいっても、私たちの見た多文化共生社会を身体感覚や体験をもとに考察して、ワークショップで発表しなければなりません。明日はその準備。お祝いのあとの夜でも、みな発表の準備に集まっています。

(2016年5月6日, 小泉)

 

Trip to Toronto #5 ケンジントンマーケット

[写真5]ケンジントンマーケット、この中にも履修生が紛れて観察中

 ケンジントンマーケットは大学のキャンパスから南西へ20分ほど歩いたところにある、食品の市場やカフェ、古着屋などが密集した地域です。移民がまずやってきて住む場所であり、経済的に安定したり、移民のコミュニティがしっかりしてくるとマーケットの外に移住していくというカナダやトロントの変化がつねに反映されてきた街だといいます。そこで、わたしたちはひとや建物、出来事のひとつに焦点を当てて、それぞれ4つのグループに分かれて、様子をひたすら記述するということ(人類学のエスノグラフィー)を体験しました。

 今回の旅でずっと繰り返し言われているのですが、あなたたちの視点が知りたい、そこから学ぶのが面白いというのです。はじめてトロントにやってきた私たちが何を伝えられるのか、はっきりとしないまま、マーケットの歴史やトロントの歴史を振り返った後、エスノグラフィーはスタートしました。

 自分たちで街まで歩いていき、観察のためにマーケットに長い時間滞在しました。このマーケットでも旅行者、生活者、さまざまなタイプの商店、エスニシティが混じり合い、同じ場所にずっといて観察したり、人を追いかけたり、数を数えたりしている私たちも簡単に街の中に紛れこむことができます。あるひとはここにいると、警戒心がなくなって気が抜けるといっていました。アメ村や吉祥寺のような雰囲気と庄内のような商店などが並ぶ下町が小さなエリアに混在しているような地区です。

 チームでエスノグラフィーの簡単な発表がありましたが、聞いていてとても面白かったです。こちらの学生さんや先生はいろいろと調査の方法や、見方、私たちの街への判断について質問してくれました。物語のようにして、チームのメンバーが各自興味ある人を追いかけた結果(たとえばスケボーに乗るひと、トマトを買いに来たひと)、フェスティバルが開かれたり、旅行者が楽しむ街という宣伝やイメージにもかかわらず、街の中の不幸さ、そこに住む人の不安さ、不安定さを描き出すことに成功していました。わたしがいたグループでは思いつきもしなかった視点です。

 私たちの視点は普段、意識したり、言語化するものではありません。どのような視点を持つかは、まず見たものを書いたり、伝えたりして、それを読んだり聞いたりした相手の視点との違いがわかってはじめて、現れてくるものだと思いました。そしてなぜか、視点というときに日本の視点とカナダの視点で考えていました。日本からきた私たちの間にも視点はさまざまだと思いました。

 街を観察して、結論がでなくても考え続けることができる視点こそ生産的ではなかという指摘が講義を担当したProf.Bakerからあり、その言葉に妙に納得してしまいました。多文化共生を学ぶ今回のツアーでなかったら、考えなかったことをここでの体験で考えています。観光に来ていたら、カナダの多文化主義は、さまざまな文化体験を用意してくれる楽しいものに終わっていたかもしれません。でもいまは、風景が問いかけてくるようになります。わたしはどのように感じているだろうか。その感覚はどこからやってきただろうか、といったようなかたちで。

(2016年5月5日, 小泉)

 

Trip to Toronto #4 街歩き

[写真4]教会で祈る人びと

 こちらに到着して6日ほどが経ち、大学の周辺や街を歩くことに慣れてきました。Bloor streetという大通りに面して私たちが滞在するホテルがあります。ホテルを起点に、銀行や博物館、ルイヴィトンなど高級な店舗が並ぶ東側と、スーパーや食べ物屋さん、ファーストフード店、古本屋、パブなどがある西側は大きく街の様子が違います。よく使うのは西側で、ジャンクフードを避け、こちらの物価高のためにかかる夕食代を節約するのためにスーパーにご飯を買いに行きます。どちらの側も、なぜか日本でない国にいるときに感じる一種の圧迫感のようなものを感じません。わたしとしては、心斎橋のあたりを思い出します。トロントの政府が多文化主義にするために建物を建てたのではなく、ここに住む様々な民族性をもつひとたちが自分たちの様式で建物や家、商店を建てた結果、モザイクのようにいろいろな建物が混在するようになり、それが見たことがあるような風景が出来上がるのかもしれないとIさんと推測をしていました。この見慣れた感じは、人や騒音が多いので、居心地がよいというわけではないのですが、わたしは背伸びせずにそのままで居られるという、居やすさにはつながっているような気がします。

 日曜日に訪問した、ガーナ人のコミュニティの中にある教会では、ガーナのカラフルな衣装で着飾り、聖霊の言葉を受けるために、情熱的に歌い、祈る場所があります(ゴスペルを歌う教会みたいなイメージの場所です)。トロントの中心地から1時間ほどバスや電車で離れた地域で今まではフィールドワークに出かけてきました。そこでは、バスに乗ってくる人はアラブ系、黒人系、先住民が多くで、英語でない言葉でしゃべっています。そこにある店の様子も私たちのホテルがある場所より簡素に作られており、同じ国の様子とは思えません。インドネシアに研修に行ったときみたいだと話しながら、移動したのでした。

 このような地域もトロントですが、行政のサービスの提供は弱くなっていくのだそうです。教会は祈る場所であり、かつ同じ民族的な背景をもつグループが集まる居心地のよい場所を提供しています。個人で街を歩き、居やすいということと居心地のよい場所があるということはちがうことのようです。

(2016年5月3日, 小泉)

 

Trip to Toronto #3 Healing for self, Healing for us

[写真3]日系文化センターはコミュニティにも開かれている

 いまは昨日より、落ち着いた気持ちでHumber Riverでの経験を振り返っています。Japanese Canadian Culture Center(ç)への訪問やその後のBonnieの講義のおかげです。

 日系文化会館では、日系カナダ移民のボランティアさんが話をたくさんしてくれました。第二次世界大戦時の日本人に対する過酷な政策、その後コミュニティはどのように作られたか、カナダ人と自分や自分の家族のことを思うのか、ボランティアを続けるのはなぜか・・実際に質問し、話をします。たくさんの知らなかったことを直接言葉で聞くと、戦争時の政策が日本人であるということを完全に否定し、受け継がれてきた文化などをばらばらに、または中断させてしまったこともわかります。その分裂や中断はあまりにも大きく、ときが経っても、もとの状態に戻るということはないのです。これは、昨日の先住民族への同化政策でも同じことでした。

 このような話は、ショッキングで、国や人々の差別的な行動に驚いただけで、少なくともわたしは沈黙してしまうことが多いのです。でも帰り道で、二日間を経て話しがぽつぽつとでてきます。アイデンティティーをこの人はこう語った、いやどちらのアイデンティティーも持つことはできて・・、多文化主義は政策で現状に適応させるやり方で、でも共生って何かをみんなが入れる箱を新しく作ることかもしれない。

 ただ、Bonnie に今回見たフィールドと多様性は、どうつながっているでしょうと問われても、言葉になりかけても、英語になる前に消えてしまうのですが。彼女はそれぞれのフィールドの活動をHealという言葉で表現していました。Healingというのは癒す、治療ということです。それぞれの民族や多様性のための活動は、一回外側から壊されてしまったものを自分たち自身で癒し、それを取り戻し、差別的で単一的な社会を強いてしまう私たちを癒すことにつなぐことができるかもしれません。癒すということの意味や使われた文脈をうまく伝えられているでしょうか。はじめて、共生や多文化主義と癒しを関係付けたので、なにか新しく考えることができそうです。

 カナダのフィールドトリップは、その場での経験を最大限大切にするからか、予定時間を超えて、2時間くらいは出発がずれていきます。これがカナダ時間でだそう。時差ぼけでなくても、講義ではときにぼうっと意識が飛んでいきます。すこしみんな疲れてきているのではないかと、わたしは心配しています。でも晩は自由に行動できるので、さっさと帰って寝たり、スーパーで買ったものを食べたり、タイ料理を探して食べたり。食べて寝るのが一番です。みんなばらばらに、好きに過ごしています。

(2016年5月1日, 小泉)

Trip to Toronto #2 先住民族=エコレンジャー=多様性?

[写真2]焚き木のあとは話を聞きながら火が消えるのを待つ

 目覚めるとからだが重くて驚きました。昨日初めてのフィールド訪問で、中心地から1時間ほど電車やバスでHumber Riverという場所に行って、森のなかを5時間くらい歩き回っていたせいです。わたしたちはカナダの先住民に祖先をもつAlanをガイドにして、川岸の先住民が住み守ってきた地域で、円になり話を聞きました。彼らの薬としての煙の使い方を体験し、焚き木をします。言い伝えられてきた自然のサイクルと人間の人生の流れ、時季の変化の関係などを、彼らが狩った鹿や鮭をあぶりながら食べました。

 自然を保護し、伝えていく大切さや自然のなかに見い出されるスピリチュアルなもの、人間の感情との類似性は納得ができます。日本の自然保護を訴えるときにも聞くことが、たくさん混じっているように思うのです。ただ、教員以外の多くは混乱していたように思います。午前中の講義ではProf. Bonnieが、多文化主義への批判や多様性というイメージには含みきれていないものを共有していたので、そのような今のカナダの社会に対する批判が続くのかと予測していました。ただ、彼は自然の存在の重要性をとどまることなく話し続けます。彼は先住民族の活動家のひとりですが、それよりも、エコレンジャー(環境保護の理解を進めるためのガイドさん)といったほうがぴったりなのではないか。自然との共生、先住民が受け継いだ知恵を私たちに見せることが彼らの主張なのでしょうか。

 Alanがさまざまな場所に案内してくれ、ベリーの木の意味を知ったり、鹿を探して歩き回ったりしているうちに、遠足のような気分になっていき、疑問を解決しきることはなくフィールドの訪問は終わってしまいました。現地ルポもからだの疲れと混乱によって(遠足は楽しかったですが)書くことができません。

(2016年4月30日, 小泉)

Trip to Toronto #1 トロントからのお手紙

[写真1]キャンパスオリエンテーションで街を歩く

 3期生は昨日からトロントに研修に来ています。昨日まではみんなで一緒にやって来て、大きな問題もなかったおかげで、トロントに来ても環境がものすごく変わったようには思えませんでした。私たちの間では、日本語で会話が進み、お店や看板の文字は英語のため、読むのに苦労することもありません。ホテルの受付やスーパーの人は、私たちの英語を理解し、普通にコミュニケーションを図ることができるように思えます。

 今日はトロント大学でのオリエンテーションがありました。コーディネターのProf. Satsukaが、日本では30年前に多文化共生について学ぶ場所はアカデミアのなかでさえなく、カナダにやってきたこと、だからわたしたちのSummer tripにはとても愛着を感じているということを聞いてどきっとしました。未来共生のプログラムで、共生について学ぶという意識でいることが多かったのですが、わたしたちは共生という理念を作る歴史の最中にいるのかもしれないということが思い浮かんだからでした。さまざまな状況や人々を比較してみること、自分の感覚や身体を通して差異体感し考えること、ただ単純な比較では文化のなかに優劣をつけるにおわってしまう。これから講義やフィールドで学ぶことを聞いて何をするのか輪郭が浮かび始めています。

 大学や街のなかをリサーチアシスタントの学生さんたちが案内もしてくれました。巨大な図書館や、学習環境が整っていること、街で出会う多様な人々の様子(外見からわかるさまざまな民族、カフェのマニキュアがきれいでラブリーなお兄さん、旅行者、駆け回る子ども・・)を見ていると単純な比較はできないよと言われても、なんだかとてもフレンドリーないい街、優れた大学のなかにいる気分になってきます。こんな気持ちもこれから変化していくのでしょうか。明日からは本格的な講義とフィールドワークが始まります。

(2016年4月29日, 小泉)








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