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活動報告

Trip to Toronto(4期生松本さん, 林さん, 王さんの独占ルポ)


 4月26日から5月8日の日程でカナダ・トロント大学を拠点に4期生のフィールド研修が行われます。今年度は松本渚さん[文学研究科・博士前期課程2年]、林貴哉さん[文学研究科・博士前期課程2年]、王一瓊さん[言語文化研究科・博士前期課程2年]が現地から報告して下さいます。カナダは多文化主義を国是として掲げている国です。トロントでどのような経験を得るのでしょうか。オンタイムで記事を更新できればと思います。以下、松本さん、林さん、王さんからの報告です。

DAY9 Marginalized by Multiculturalism

[写真]明日プレゼンするワークショップのチラシ

プレゼンというとスティーブ・ジョブズが頭に浮かぶ.
“原稿を持たずにアーティストのライブのように”演じるのだとスティ-ブはアドバイスをする.こうプレゼンするのは西欧化された基準によるものなのだろうか.

プレゼンテーションとは,情報伝達手段の一種で,聴衆に対して情報を提示し,理解・納得を得る行為を指す.略してプレゼンとも呼称される.(中略)“プレゼンテーションの際は,実際に形のないモノを、簡潔かつ判り易く説明する事,そして情報を的確に伝える,資料(視聴覚、配布資料等)の準備、情報を適量平易に提供することが求められる.このため,図表や音声・映像のほか,実際に触れる試作品など,様々な情報提供が成されるのが一般的である.”-Wikipedia.

わたしたちは〈共生〉という実際に形のないモノを,そしてカナダの多文化共生に学んだところを簡潔かつ判り易く伝えたい.

原稿を読みながら話されることが気にならないリュー,言語の違いはしばしば誤解を生みやすいからとシゲン,リスペクトという単語をカジュアルに用いるミワは聴衆へリスペクトを示すためにプレゼンの作法に従う,など四方山話に花を咲かせながら,外が暗くなるまで明日の最終プレゼンの準備をすすめる.
(こちらの日没は8時半)

マージナライズドバイマルチカルチャリズム.多文化主義による周縁化をタイトルに据えたわたしの班は,カナダの多文化主義の境界にいる人びととして原住民とシリア移民を挙げることにした。 原住民,二日目に会ったアレンは自然とつながりながら生活を営む.

アレンを見ていると東北地方で出会ったひとびとを思い出す.漁師や海女さん,農業を営む彼らは自然と共に生きる.

それは2011年に東日本大震災が起きたあとでさえも. 地震や津波に台風など自然災害の多い日本で暮らすわたしたちは,自然災害とも調和して生きるように順応せざるをえなかったのかもしれない.

学び合いの場であったNMC-CESI(DAY2)では,シリア人の女の子(19)が“カナダはわたしの2番目のホームだ”と言っていた.

このことは沖縄研修での精神障害のある人たちとの“ビフレンディング”活動につながっている気がする.

ビフレンディングの場は患者たちの生きる意味になり,看護師の卵たちにとっては精神障害者に対するステレオタイプを変える機会となっていた.   

教室で学んだ論文とフィールドにある物語とのギャップから,そして包摂と排除の構造,これは目に見えるものと見えないものがあるのだが,そこから結論を導きだすことにした.

10日間のサマースクールでの体験を魅力的にプレゼンテーションできたらと,風呂の中で,鏡の前で,部屋をうろうろしながら,練習を重ねる.

(2017年5月5日, 松本)

DAY8 レインボーでカラフルなケンジントン

[写真]ケンジントン・マーケットの入り口にあるストリートアート

日々仲間内での感じ方の違い,体験の違い,文体の違いにもまた深く感化される. 去る2日間はゲストライターを迎えた.表題のTrip to Torontoにひとり,またひとりと名前が増えていく

今日は朝からケンジントンマーケットにて調査をした.
多文化主義のシンボルとされるこの区画には世界各国のレストラン・カフェ・商店が立ち並ぶ.道ゆく人も客も店員にも見て分かる多様性がある.

ジミーズコーヒー,このカフェは表にレインボーフラッグを掲げている.この虹色の旗はLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの頭文字)のひとびとにフレンドリーな店であるという証だ. カフェには特別LGBTの人が集まるわけではなく,お洒落な若者たちがそれぞれにノートパソコンを開き作業している.わたしたちもスコーンにマフィンでモーニングをしながら夫夫に今日までの体験をふり返っていた.  ここケンジントンマーケットには色んな人がいるからジロジロ見られないねとマナが言った.でも一方でワンブンシゲンはヘイトスピーチを経験し(DAY7),ここは“桃源郷ではないんだ”と感じたという.

リューはケンジントン地区にある幼稚園を見た瞬間なみだが出そうになったという.肌の色や性別の異なる色んな子どもたちがたのしそうに遊ぶ姿に共生の原点を見た.子どもたちがどのように育っていくかは分からないけれど,共生社会の芽はある,もしかしたら“一緒におるのがあたりまえやん,なんでわけなあかんのん?”ってなるかもと思ったのだと.

ブンは“あなたはあなたのままでいいのよ”ということはその人を尊重または理解しているのだろうかと問う.

日本における共生の実現がむずかしさはどこにあるのか,それはお互いを理解しようとするからか?理解できないから共生できていないと思うのか? それとも均質性・・・平等を求めているからだろうか?

夕ごはんを求めコリアンタウンへと向かう.チャイナタウンにリトルイタリア,ギリシャタウン・・・多様性に富むトロントに,日本人街がないのはどうしてだろうか.

リューがスティ-ブにその歴史を聞いたと話してくれた.時は第二次世界大戦真っ只中,日本人街と言えるほどに寄り合っていた日本人たちは分断を余儀なくされた.強制収容があり全員逮捕に近い形で連行された.そして収容所から戻った日本人はオンタリオ全域に分散した,その名残りがいまもあるのではと.

”Soon Tohu”と訳されたスンドゥブ순두부であったが美味かった.帰り道,暗くなるとすれ違いざまに独特な臭いがする人がふえる.真っ赤な顔をして倒れこんでいる人たち,女装し暴言を大声で吐き散らす人,警察もいる,ワインの試飲をハシゴして帰る.

(2017年5月4日, 松本)

DAY7

[写真]ケンジントン・マーケットの多言語景観

●「多文化主義」と言語
あっという間にトロント研修は、7日間が過ぎた。時間が経つのは早いと実感した。
不思議なことに、トロントに馴染むのは非常に速かった。Tim Hortonの朝のコーヒー、チャイナタウンのアジア料理、スーパーで見つけた安い果物。トロントにおける新しさを素直に受け入れている。生活臭と新鮮さに巻き込まれ、言葉にできない気持ちになった。
買い物したり、現地の人達と会話したりして、時々、自分のぎこちない英語を恥ずかしく思ってしまう。しかしながら、そういうくやしさに対して、心のどこかで、違和感を覚えている。英語をしゃべることができるのは、カナダに生活することの前提だと考えられている。自分もいつの間にか、英語を喋れることが当たり前のことだと認めてしまう。
トロントでは、「多文化主義」が強調されているが、文化と密接している「言語」という要素が、どうしても、見捨てられてしまっているのではないかと感じ取っている。カナダ現地の人達から、私たちの国では「英語」と「フランス語」は両方とも認めてもらえると誇りをもって紹介されたが、他の言語の存在が無視されているという落とし穴があると思われる。一週間で、国際教会、難民支援組織、ホームレス支援組織などという組織を回り、様々な活動を見学させていただいた。気になるところは、やっぱり、どの組織の活動リストの中でも、ニューカマーやホームレスに向けの「英語教室」を支援活動として入れていることである。
現状から見れば、「英語教室」をやってもらうことは、非常にあり難いことである。だが、これらの活動は、「多文化主義」の中に隠されて、逆に「英語帝国主義」の理念が根深く社会の中に存在していることを証明しているように感じる。

●「多文化主義」とヘイト・スピーチ
ケンジントン・マーケットがカナダの「多文化主義」のシンボルだと考えられる。「多文化主義」をより深く理解するために、トロント大学のRAに連れてもらい、ケンジントン・マーケットを散策してきた。トロント市内の高いビルの森を歩き抜き、建物がだんだん低くなり、カラフルな店が急に目の前に現れてきた。この多彩な街は、ケンシントン・マーケットだ。
ヒッピー風の街頭で、ホームレスとおしゃれな人々とすれ違う。高価なカフェや異国の商品を売っているおしゃれな店が林立する一方で、安さをアピールする地元の店もその中に混ざり込んでいる。階級の差がこの小さな町に漂っている。不思議な街だと思う。
4期生の女性3人で、ケンジントン・マーケットのこの不思議さを味わいながら、ぶらぶらしていた。すると、向こうから、ネックレスを付けた白人の若者が近づいてきた。普通の通行人だと思ったから、私たち3人はそのまま、歩き続けた。だが、すれ違うとなると、この人に歪んだ顔で、「fxxx you, get out of here」と言われた。三人とも、驚いた。「何で?」「私たち、変な行動を取ったか?」「それとも…ただ…私たちはアジア系の顔をしているから?」。大学院の授業で、「ヘイト・スピーチ」に関係する授業を受けているが、本当の意味で「ヘイト・スピーチ」されたのは初めてである。
この若者が、どのような気持ちで、私たちに対してヘイト・スピーチを吐いているかは分からないが、唖然した自分の気持ちが印象深かった。経済的な格差、人種に対するステレオタイプなど、授業でディスカッションした内容が頭の中で一斉に涌き出し、結局、残されたのが、ただただ、単純なショックであった。多文化主義のパイロットとされるカナダで、多文化主義の代表と宣伝されるケンジントン・マーケットで、「多文化主義」に逆行する行動を受けるとは思わなかった。
「多文化主義」は社会的な現状として、客観的には達成されていると思われるが、上述したように、言語の問題や差別の問題等がまだまだ存在しているため、「多文化共生」ができるまでは、まだまだ長い道程があると考えられる。

(2017年5月3日, 王一瓊)

DAY6 あなたにとってのホームは?

[写真]ケンジントンマーケットで食べた、ワッフル+フライドチキン

トロント研修も順調に進んでおり、トロントの生活にも慣れてきた。

私の一日は教室の前にあるTim Hortonsで朝食を食べることから始まる。トロントでの初めての朝、どうせファストフード店だからと高をくくって入ったけど、コーヒーとイングリッシュマフィンを頼むだけなのに、自分が言いたいことは言えても、店員が何を聞いてきているのかわからなかった。
英語で大学院の授業を受けているはずなのに、第二言語習得を研究してるのに、やっぱり初めてやることは難しい。悔しくて、毎日通ってリベンジすることにしたら、店員も私たちのことを覚えてきて、笑顔で挨拶をしてくれるようになった。こっちも自然と笑顔になる。

こうしてそれぞれが思い思いの時間を過ごした後、授業を受け、またそれぞれが思い思いの場所に出かけていく。私は授業が終わると、私たちがいつも勉強している建物から南に歩いて15分のところにあるチャイナタウンに行くのが日課になっている。チャイナタウンといっても、韓国料理やベトナム料理の店もあるから、日本ではほとんどパンを食べない私にとっては、それは癒しのひとときなのだ。

そこにいると、不思議な気持ちになってくる。
香辛料のにおいを感じ取った瞬間、スープを口にしたとたん、何か懐かしいような、帰りたいようなそんな気持ちになってくるのだ。自分のいるのは小さなアジア料理屋で、日本料理を食べてるわけではないし、自分自身でもどこに帰りたいと思ったのかもよくわからないけれど。

そしてふと、自分がカナダという異国にいることを忘れていることに気づくのだった。

自分がカナダでの生活でそう感じるのは、いつもと同じメンバーといるからかもしれないし、トロントの中心部という多様性が自然と息づく場所のせいかもしれない。いろんなお店で働いてる人を見るとみんな英語を話してはいるけど、不思議と欧米にいるという感覚はなくなってくる。英語だけではない。それぞれの店に入ると、中国語が聞こえたり、ベトナム語も聞こえたり。自分もその多様性の中で生きるひとりのような感覚になってくるのだ。

今日のダスワニ先生の授業は、「Home」と聞いて何を思い浮かべるかというところから始まった。

「生まれたところ」「快適な場所」「自由に振舞えるところ」「間違えることができる場所」「家族が集まれる場所」「愛されてると感じる場所」「望みを感じさせてくれる場所とか関係」「居場所」とかとか、みんないろんなイメージを行っていたけど、「よく食べてよく眠れるとこ」とミーロは言った。「食べるってのはどういうこと?」ってダスワニ先生が聞くと、「お米とか、お母さんの料理とかかな」って。チャイナタウンでの感覚はこれなのかもなって思ったけど、自分にとってトロントの中華街が「HOME」なのかどうかはわからない。

今日は7時までチュートリアルをしてもらった後、授業のアシスタントをしてくれているトロント大学のアランさんに、おいしい夕ごはんのお店を教えてもらった。チャイナタウンから一歩入ったところにあるケンジントンマーケットは、自分で足を踏み入れるのにはちょっと勇気が必要だったけど、案内してもらうと思いのほか居心地がいい。

やっぱりこれがHOMEなのかどうかはわからないけど、それはこうして人からひとへバトンタッチされてつくられていくものなのかもしれないと感じた。

(2017年5月2日, 林)

DAY5 歌い踊る,中に入るとそれはよろこびの瞬間に

[写真]ダンシング・ペンテコステ

深夜2時,汚れたスニーカーの手入れをする.
この5日間は土や草や雨の中よく歩いたなとふり返る.

日曜日は教会の礼拝に行った
古いスクールバスで乗馬のような揺れを感じながら30分のハイウェイドライブ
ペンテスコテ教会;プロテスタントの中でもとりわけ聖霊派と言われる人びとが,そしてガーナにつながりを感じる人びとが集まる場所へと向かっていた.
都心部の地価が高騰したためにもともとの住民らが移住せざるをえなくなったのだとガイドのマックが言っていた.
それゆえに新たにガーナ人コミュニティに建てられたペンテコステ教会はビルであった
なるほど都心部の教会は美しい歴史的建造物だ.

入ると母娘と遇う.3,4才だろうか,小さな子どもと目が合った
わたしは彼女らとは肌の色の違う異邦人だろうに,まるでそれは自然なことであるかのようにほほ笑み合う
心からの本物の笑顔だと見て分かるからか,そこは不快ではなかったとシゲン・ワンも言う

けれど,どうふるまってよいのかわからないという点においては不快を感じざるをえなかったとミーロは共有する.

礼拝ははじまっていた
ドレスに毛皮のコート,ヴィヴィッドカラーのセットアップ,お揃いを着てお洒落する兄弟,男性は主にスーツで誰しもキメている
しばらくすると生バンドによる演奏でライブがはじまった.みなノリノリである
勢いに驚いていると忽ち握手の連鎖がはじまった
が固まってしまったわたしは席のままにこやかに握手して歩く人びとに応対した.

それは映画のワンシーンのようだった.
より多くを捲き込みながら祈り歌う姿にある種のパフォーマンスを観ていたのだと思う
自分のためだけに歌うのではないその姿はわたしをそこにいるだけで他人事でなくさせる.
だから惹き込まれるとき泣きそうになる.

スティ-ブに誘われバンドを見に最前列へ行った.
見よう見まねで歌を口ずさんでいると,女性より目配せを受けた.
目がカモン,カモンと言っている.
一歩足をふみ出すとヨシ.と彼女が先導してくれ,踊りながら中央に出る.
祈りを歌いながら,からだでもよろこびを表現する
うまくノれていただろうか.だんだんと楽しくなってきた頃にふと周囲を見渡すと大勢の笑顔があり急に恥かしさがこみ上げ,顔が赤くなるのが分かる.なんとか踊り終えると笑顔で背中を叩かれた.

英語にて礼拝が開かれる上階とは異なり,下の階では現地語で礼拝が行なわれていた.
カラフルなセットアップはガーナの民族衣装だったのだと気づく.
そこにはより個人的・内的な空間があった

カリビアン・コミュニティの教会もまたわたしたちを迎え入れてくれたのだが,そのときのことは他の報告に任せたいと思う.

(2017年5月1日, 松本)

DAY4 いつの日か,あなたもトロントに住むの?

[写真]トロント大学キャンパスにて①

[写真]トロント大学キャンパスにて②

4月も終盤,もうすぐ5月ですね
日本では葉桜となり若葉が芽吹きはじめる頃ですが
こちら大学図書館傍の桜並木は,今日も満開です

“トロントはどう?好き?”
と尋ねられオッパは,空気が澄んでいて,空が高くてとっても好きだと答える
するとふた言目には
“トロントに住むの?”“いつかトロントに住みたいと思う?”とつづく

わたしたちが〈カナダ国籍を得るための試験〉を受けたら何点なのだろうか.

ボニ-先生はアメリカで育ち,フランス語も習得しており語学はクリア.
しかし年齢の高さがマイナスポイント.
そのほかにもいろんな条件で減点されたり加点されたりする.
わたしたちは若さゆえにボニ-先生よりも点数が高くなるかもしれません.
そしてこれから家族を持つ存在として.
必ずしも結婚し子どもを得るとは限らないのだけれど,点数は高くなるよねとヒロとぽろりと

シリアから来たラシャが“NMC-CESI”という団体を紹介しに来てくれた.
新しくシリアから来た若者とトロント大学の学生ボランティアで言語や文化についてのワークショップを開いているのだそう.
トロント大学ビクトリアカレッジにある学生パブ&ラウンジ“The Cat’s Eye”を訪れると,
すでに彼らが2,3人ごとの円になって英語の文章を読み,書き,添削し合っていた.
コーヒー片手に果物やラムネをつまんでおしゃべりする,そのゆるやかな円にわたしたちも入る.
かねてより〈学び合う〉ということが大事だと感じてきたマナは
英語を学び合って,アラビア語を教えてもらって,日本語を教え,
一方が与え/与えられるのではない空間をそこで感じていた.

さあもう勉強はおしまい!イェイ!とみんなで場所を移し
シリア音楽を聴きながら中東料理を食べ,踊り,ビリヤードをしたり卓球したりダンレボしたりしてあそぶ.

その後のチュートリアルやディナーは各各昼間に吸収した熱をぶつけあう時間となった
マイノリティの中のマジョリティである〈女性〉を,自分たちはどう位置づけて生きていこうか.
語りあい夜は深けていく.

(2017年4月30日, 松本)

DAY3 タバコの煙は空高くのぼる,それは世界のはじまりにあったもの

[写真]見分けのつかないガーリックマスタードとクィーンズウォートの葉

“カナダは歴史的に連邦制である,フランス領イギリス領となった後、1982年にイギリスから完全に独立した.”
としばしば説明されるけれど,
実は10万年前から土着の人びとの集団があった.そして彼らは今も郊外で暮らしている
ということで,先住民に会いに行くことになった

ボニー先生と講義の合間に土産のタバコをつくった.
残念なから現地で一緒に吸えるわけではないらしい.
コミュニケーションツールではなく,彼らにとってタバコは薬なのだそう.

地下鉄で30分,降りて徒歩5分
聖地は案外アクセスがいい.

恰幅のいいアランがガイドしてくれる
「私たちから見たら先住民って分からんよな?こっちの人にとっても同じかも,そん中で自分のこと先住民って言うってどういうことなんかな」とミーロは素朴な問いを漏らす

赤・黄・黒・白4色の布の上に水・葉・角・羽を置いたものを中心に
円になってアランの生き方を聞く.
水には水の役割がある,流れるという責務がある.
すべてのものは役割分担,
だから共生しなければならない

儀式のようだったとブンがアランに伝えると儀式ではなく日常だ,それが儀式ならば枝先に葉が生まれる瞬間,太陽の輝きもまた儀式だろうと答える
語り口に自然や先祖への強いつながりを感じさせる.

なんだかふと,宗教を思い浮かべたとセンパイは言った.
日本にいるときは苔の生える寺や近所の神社に行きたくなる
海外ではそうでもないのだが,日本で教会に行きエルサレムのはなしを聞くと自分はどこか遠いことにかんじてしまうのだと

フィールドワークの疲れはベッドを見たときにはじめてあらわれる
・・気づくと深夜.
チョーリとわたしは点呼係,ずいぶんと遅くなってしまった
モハサンに連絡してすぐにまたバタン,キュー

(2017年4月29日, 松本)

DAY2 にほんごとえいごが交(まじ)わるところ

[写真]トロントの空は青く、高い

「<比較>すること,これは人類学のキーワードでもありあなたたちに大切にしてほしいことです」
と,今日のオリエンテーションのはじまりにサツカ先生が教えてくれた
注意点として2点.
1 簡単なステレオタイプを使わないこと
  あなたや人びとがどんな枠組み・仮説を用いているか自覚的になること
2 あなたのからだを無視しないこと
  からだで感じることはとても重要なこと,
“STAY HEALTHY AND ACTIVE.”. 分析もそこから始まるのです

日本語には<共生>ということばがある.
この度わたしたちの研修をサポートしてくれるトロント大学の大学院生たちの専門はMULTICULTURALISMであるから,
カナダが国是として掲げているから,
彼らはMULTICULTURALISMということばを用いて自己紹介をしてくれたから,
わたしたちもまた<共生>を用いて自己紹介し,自然と議論がはじまった

<共生>は,
・他者間に関わりあいがみられること
・非母語話者であっても社会に参画できること
・少数民族が言語的・政策的に尊重されること
・教育現場における子どもたちの多様な背景(外国籍・障害・一人親家庭等)を尊重すること
,教師が生徒のLGBT理解を高めること・競争のない教育環境が共生社会に必要なことだと考えるリュー・セジョング,
まず家族間における共生から始まるのではないかとチョーリ,
ヒロは西洋の概念(たとえばMULTICULTURALISM)が日本社会に合うわけではないから,日本流に考え直すことって思っているという.
また災害との共生(自然災害と人間の共存、災害下での人と人の共生)なんていうのも議論された.それは準備って言い換えられる?トロントでも人外に用いる?

改めて今日,驚きと共に理解したのは,わたしたちの間でもこれほどに<共生>と考える状態が異なるということ
でも,だからこそ日本語の<共生>を知らぬトロント大学の学生たちにツッこまれ,返すうちに何か見えてくるものがあるだろう
日本語で用いる限りにおいては,共生と言えばなんとなく・直感的に理解し共有しているものがあるように思える.
けれど英語で伝えるときはどうだろう,ここトロントでわたしたちの直感を表現するにはどうしたらよいだろう.
そのとききっと,カナダのMULTICULTURALISMに学ぶところがあるだろう
モハサン・スティ-ブともたくさん話していますありがとう

さあ8時間後には授業,明日はフィールドワークもあります.
STAY HEALTHY AND ACTIVEのために今日はおやすみなさい

(2017年4月28日, 松本)

DAY1 多様性のモードへ

[写真]トロント・ピアソン空港で見た天窓

思えば日本も久しぶりの雨だった
フライトは天候不良のためにしばらく大きな揺れがつづいていた.
度度シートベルト着用の表示とアナウンスが流れる
日本時間は午後8時ごろだろうか.
最後にスターバックスコーヒーのアメリカンチェリーパイフラペチーノを口にしてからずいぶん時間が経過していた.
腹が減った
(シートベルトが外れなければディナーもやってこない)

2,3人ごとに少しずつ席が離れた機内では,それぞれがぽつぽつと隣に座る旅行客らとの会話を始めていた
沖縄弁が響く盛り上がり
滑らかな英語で弾む声
偶偶隣に座ったカナダ人と人生を語り合う様
それら小さな島々を全体でゆるやかに共有していた

すると左からご婦人に話しかけられる.
<多様性>を勉強しているのですね.お友だちがアメリカの大学院で多様性を教えるが日本は遅れており,ないのだと思っていた
と話すその方は,世界各国を関心のままに巡られる人生キューバへと向かう途中.
イスラエル(宗教はまさに命だった)やチェルノブイリ(日本の3.11を思った),マケドニア(社会主義が街に残り美しかった),コソボにヨルダンパレスチナ,,,
共生ということばから話に花が咲く.
そう考えるとトロント,いいですねうらやましい
日本の未来のためにしっかり学んできてくださいね,お若いのだから.

12時間超のフライト
12人で行く,13日間のトロント研修
日本との時差はここからマイナス13時間

いまは時期柄,それぞれ研究の展望を形にせねばならぬ頃で
フライトまでは各々の研究についての話で持ち切り
からだはトロントへ向かっているのだが,
あたまの中は研究のことでいっぱいという妙な浮遊感があった
ブンは幼い頃に言われた「不好好学的孩子才怕考试」という言葉を思い出していた

それも機内での交流や,空港からホテルへのドライブにて多国籍料理店の連なりを見て
徐々に多文化都市トロントへと,モードが切り替わるような感触を得ている

明日からトロント大学での日々がはじまります

(2017年4月27日, 松本)

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