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活動報告

トロント海外研修2018のご報告(Saku Karzuグループ)


 4月25日から5月7日の日程でカナダ・トロント大学を拠点に5期生を中心としたフィールド研修が行われました。現地での活動について、Saku Karzuグループの黒江裕貴さん(人間科学研究科博士前期課程2年)からのご報告です。

共生の可能性―先住民の自然観に関するフィールドワークを通して―

[写真1]ハンバー川付近を歩く

トロントでのサマースクールは「多文化主義に関する歴史と議論」、「移民、エスニックグループの居場所づくり」、「ケンシントンマーケットのエスノグラフィー」の三つのパートに分かれていた。私たちSaku Karzuグループは一つ目のパートに関する課題を与えられた。講義ではカナダの多文化主義の歴史について一通り説明を受けた後、多文化主義に対する「反人種主義」、「非植民地化多様性」の立場からの批判について学んだ。講義が終わると、トロント南西部に位置するハンバー川において先住民を先祖に持つAlan Collyさんと出会った。彼は、フランス、スコットランド、ロシア、アイルランド、カナダの先住民など複雑なルーツを持っているそうだ。フィールドワークではAlanさんの世界観、自然観に関する話を伺った。

私たちはトロントのダウンタウンから20分ほど地下鉄に乗り、最寄り駅のOld Mill駅でAlanさんと出会ってハンバー川へ移動した。川の周りは、林や、草原、動物など自然であふれており、Alanさんが、私たちにそこで自然を感じるように意図したもののように思えた。
川に着くと、まず初めにAlanさんの自然観、世界観について道具を使って教えてもらった。Alanさんは写真のように4色に塗り分けられた布を広げ、世界はこの四つの要素によって成り立っているという。まず一つ目は赤く塗られた領域である。この部分は水、石、炎といった基礎的なものによって構成され、その他の三つの領域の源となっている。この赤の領域の次に現れるのが黄色い植物の領域であり、植物の力によって存在することができるのが黒い動物の領域である。そして、最後はこうした3要素の全てから恩恵を受けて成り立っているのが白の領域、ヒトの部分である。Alanさんによれば世界のあらゆる事象はこの4つの要素の調和と相互作用によるものだという。彼は地震や洪水といった災害も、この相互作用によって世界がバランスを保とうとした結果だと言い、さらには電気などの科学技術もこの相互作用によって説明できるという。一通り説明が終わると、川岸へ移動した。そこでAlanさんは川の中に手を入れ、ほんの数秒のうちに魚を鷲掴みにして捕まえて見せた。その信じられない光景に、私たちは一斉にどよめいた。

魚の手づかみを見せてもらった後は、川辺にある林へと移り、Alanさんが生活のために普段集めている植物を紹介してもらった。そこで私たちは、多文化主義によってAlanさんの生き方や自然観は尊重されているのかという疑問を投げかけてみた。すると、Alanさんはあっさり「No」と返す。彼は「政府が掲げる多文化主義はFakeだ」、「彼らは自然を利用するばかりで、全くそれに感謝していない」という。

このように、あらゆる文化を尊重するものであるはずの多文化主義が、Alanさんすなわち先住民の文化の保護にほとんどつながっていないという事実に、私たちは衝撃を受け、それがワークショップでの私たちの発表における議論の中心となった。

私たちは、Alanさんが実践しているような自然崇拝や、その基盤となっているような自然観は現在のカナダの多文化主義の枠組みの中では扱いきれないのではないかと考えた。多文化主義は、言語、宗教などを基調としたエスニック集団の文化を尊重する政策であるが、その根底には、西洋社会が市民革命などの過程を経て獲得してきた人権、自由、平等などの概念がある。そして、そうした概念はキリスト教の教義の影響を多分に受けている。キリスト教の教義の中では、人間は世界で最も優れた種であって、人間は自然を自分たちにとって住みよい場所へと開拓する権利と義務を有している(Grasse 2015)。すなわち多文化主義におけるエスニック集団の尊重はキリスト教に由来する人間中心主義を前提としており、これはAlanさんの自然観とは相容れないものなのではないだろうか。そして現在のカナダ式の多文化主義では、そうした食い違いを見落としてしまっているのではないだろうか。

これに対して、私たちの考える「共生」は必ずしも人間同士のみの「共生」を前提としない。それは、自然やロボット、動物などあらゆるものとの「共生」を包含する。自然科学が世の中を支配している現代において、人間を中心としない「共生」を追求することは容易なことではない。しかし、人間を中心として物事を推し進めてきたことで現在起きている様々な問題を鑑みれば、それ以外のものとの「共生」は今後不可欠であろう。多文化主義のように政策として明確化されていない以上、「『共生』は何でもアリだ」と批判されてしまうかもしれないが、その曖昧さこそが共生の可能性なのではないだろうか。

【参考文献】
Grasse, Alexis. 2015. “The Impact of Anthropocentrism on Christian Environmentalism,” Dialogue & Nexus 3: 1–9.

 

(2018年8月20日, 黒江)










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