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活動報告

トロント海外研修2016(ケンジントンマーケット・エスノグラフィ班からのご報告)


 4月28日から5月10日の日程でカナダ・トロント大学を拠点に3期生のフィールド研修が行われました。現地では4班に分かれて活動しましたが、Ethnography of Kensington Market班の岡本かおりさん(人間科学研究科博士前期課程2年)からのご報告です。

ケンジントンマーケットにおけるエスノグラフィ

[写真1]ケンジントンマーケットの様子

 未来共生のトロントでのサマーコースも今年で三年目を迎える。トロント大学で行われるこのコースはフィールドワークを軸に据えており、私たちはトロントの街と大学の教室を行き来するなかで、カナダにおける多文化主義の姿を目で見、肌で感じた。

 私たちのグループはCluster2のEthnography of Kensington Marketを担当した。まず始めにJoshua Barker教授からカナダの多文化主義の象徴と考えられているケンジントンマーケットの概要と歴史についてレクチャーを受けた。ケンジントンマーケットは20世紀始めにユダヤ系の移民が移住して以降、今でもさまざまなエスニシティをもつ人々が暮らし生計を営んでいる。レクチャーのあと、私たちは4つのグループに分かれてそれぞれケンジントンマーケットに出かけて調査を行った。文化人類学的なエスノグラフィー自体に馴染みがない学生も多かったが、グループで協力して調査をすすめることで、4つのグループがそれぞれ全く異なる点に注目した発表をすることができた。

 フィールドワークでの体験は私たちの常識を覆すような多文化主義の豊かな側面をあらわすものだった。例えば、陳文叡(国際公共政策研究科博士前期課程2年)はケンジントンマーケットで暮らす人の「普通」に対する感覚について報告した。彼女のグループは、中国系の人が経営する美容室とラテン系の人が経営する食品店で調査を行った。調査において、陳が驚いたのは誰も彼女に「英語が上手ですね」と言わなかったことだ。日本では、外国人が日本人に流暢な日本語で話しかけると、多くの場合「日本語が上手ですね」と言われる。それは、日本では日本人以外が日本語を話すことが特別なことであると感じられているからである。それに対して、様々なエスニシティをもつ人々が暮らすトロントではどのような外見の人がどのような言葉を話しても、それは「普通」のことなのである。

 しかし、このように当たり前のように多文化が共存しているケンジントンマーケットに対し、私たちは「違和感」を感じた。その「違和感」は、多様なエスニシティの人々が包摂されている一方で、排除されている人々がいる可能性に対するものである。実際、ケンジントンマーケットが高級住宅地化していくにつれて、かつて暮らしていた貧困層が排除されていった。つまり、多文化主義を象徴するケンジントンマーケットはある種の人々は包摂されているが、同時にある種の人々は排除されているといえる。

 それに対し、大阪市西成区、とりわけ日雇い労働者の街として知られる釜ヶ崎は、私たちが考える共生が存在すると考えられる。釜ヶ崎には、多くの日雇い労働者、ホームレス、貧困層といった社会的に排除された人々が多く暮らしている。横木那美(人間科学研究科博士前期課程2年)は昨年度後期に行った公共サービスラーニングで、この地域で子どもの居場所づくりを行うNPO法人で活動を行った。そのなかで、釜ヶ崎にはどんな人もありのまま受容され、人々の間には交流があることに気が付いた。釜ヶ崎は社会的には排除された場でありながら、そのコミュニティの中においては、人々は居心地の良さを感じることができるのである。つまり、釜ヶ崎にはケンジントンマーケットとは異なる多様性が共存している。

 ケンジントンマーケットでの経験は、私たちが1年間向き合い続けてきた「共生」の形を再認識することにつながった。「共生」とは、エスニシティに限らず障害や貧困など、より広い課題を対象とし、それら様々な背景をもつ人々が共に生きる状態を指す。その際、共に生きるとは、単にそこに存在しているのではなく、交流をもち、お互いが居心地よく暮らす過程を含むものである。それらは、これまでの活動で私たちが当たり前のように共有してきたことであり、カナダの「多文化主義」の文脈では強調されないものであった。カナダの「多文化主義」の中には、たしかに日本でも参考し、実現すべき「共生」の作法が含まれていた。一方で、カナダの「多文化主義」の焦点は民族や宗教や人種といった問題であり、ある程度限定的なものであることがわかった。それが、ケンジントンマーケットで感じた違和感であり、私たちがこれまで考え続けてきた「共生」像を再認識することにつながった。今回のトロント研修では、カナダの「多文化主義」を通して日本を眺めることで、理想とする「共生」の形をより明確にすることができた。

 

(2016年6月11日, 岡本)

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