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活動報告

東北フィールドワークのご報告(8月18日〜8月27日)


 
 「コミュニティワーク」の授業の一貫で東北地方のフィールドワークを8月18日(日)から8月27日(火)にかけて行いました。フィールドワークではプログラムの履修生、担当教員が岩手県九戸郡野田村、宮城県本吉郡南三陸町、宮城県気仙沼市の3つの地域に分かれて活動しました。

津波の恐ろしさを説明する佐藤健一さん(前気仙沼市総務部危機管理監兼危機管理課長)

 今回は8月19日(月)の気仙沼市を中心に行ったフィールドワークについてご報告致します。当日は前気仙沼市総務部危機管理監兼危機管理課長で、20年以上に渡り気仙沼の防災に関わってこられた専門家である佐藤健一さんに案内していただく形で、気仙沼市の様々な場所を回りました。

階上(はしかみ)地区

 階上地区杉ノ下の人々は震災後、2、3日消息不明の状態が続き、当時、危機管理課にいた佐藤さんがもっとも気にしていた地区でもありました。震災前の階上地区は、民宿、海の家、民家、そして遠浅のきれいな海水浴場があり、夏には海水浴客であふれかえる華やかな地区でした。しかし、震災当日に16m以上の津波が来て、家々を押し流し、多くの人命が失われました。現在では、海水浴場も地盤沈下のため以前の状態ではなくなっています。

 この地区は明治三陸沖地震の際にも被害を受けており、そのため津波防災に非常に熱心な人が多く、避難訓練にも力を入れていたそうです。震災の当日、普段の訓練通りに住民の方々は階上地区杉ノ下にある高台に避難されていたのですが、その高台を上回る津波が押し寄せてきて、避難されていた方々もろともに飲み込んでしまいました。その結果、この地区では93名の方が命を落とされました。

階上地区杉ノ下で履修生に被害状況を説明する佐藤さん

階上地区杉ノ下の慰霊碑、この後ろの敷地は以前は民宿であった

 佐藤さんは「あのレベルの津波には、従来の『点』で設けていた避難場所の考え方では間に合わなかった。『線としての避難場所』の考え方が必要だった」とおっしゃっていました。つまり、行政が想定している以上の津波が押し寄せたとき、避難場所を点として想定していたならばその避難場所の想定を超えた段階で、壊滅的な被害が生じるが、避難場所を線として確保していたとすれば、仮に想定を超える津波が来たとしても、次の避難場所に向かう可能性が残る、ということです。また、「その地域の特性をもっと突き詰めて考えて、避難場所を『線』で考えていれば…」ともおっしゃっていました。

気仙沼市魚市場

 気仙沼市魚市場は1階と2階の市場と3階にあたる駐車場のある屋上からなっています。この魚市場の屋上に地震の時に多くの方々が避難していたのですが、屋上のぎりぎりの所まで津波が迫ったそうです。屋上の下の魚市場では津波に流された船が押し寄せてきて、市場の中をくぐっていったそうです。また、気仙沼の海岸沿いにあった重油タンクから油が漏れ出し、津波と混ざって海上にあった材木に絡みつき火災も発生しました。

気仙沼市魚市場

気仙沼市魚市場の屋上にある災害情報システム

 この場所は、避難場所として機能し津波で流される人はいなかったのですが、実際のところは、かなり危険な状態であったそうです。つまり、干潮時に津波が来たという点で、本当にぎりぎりであったそうです。魚市場の屋上は海の近くにあり、気仙沼湾を見渡せる位置にあります。現在では、防災対策用の電子掲示板、無線の防災スピーカーが設置され、気仙沼市の危機管理課がそれらの防災機器を管理しています。

鹿折(ししおり)地区

 午後より鹿折地区に向かいました。鹿折地区は気仙沼の安波山(あんばさん)の東に位置する地区で、列車では気仙沼駅の次の鹿折唐桑駅にある地区です。気仙沼の中心市街地と同じく港町で、多くの観光地が点在しています。この地区は震災の時に津波の被害のみならず、大規模火災が発生しました。現在の鹿折地区は、津波に流された家々の基礎を覆い隠すように草が覆い茂っています。

鹿折唐桑駅の看板

第十八共徳丸、前方のコンクリート片は震災の被害に遭った家の基礎部分である

鹿折地区の被害状況について佐藤さんよりお話を伺う

鹿折唐桑駅の近くに津波で流されてきた第十八共徳丸がありました。この船は全長60mほどもある大きな船です。駅前の平地に陸揚げされている姿は異様で、何ともいえない存在感を放っていました。この船は津波の水が引かない鹿折地区を行ったり来たりして、多くの建物を壊したそうです。このように震災の結果、残った象徴的なものは「震災遺構」と呼ばれています。第十八共徳丸については、震災遺構として残すべきである、との声もありましたが、気仙沼市が実施したこの8月の市民アンケートの結果、7割の市民が取り壊しを望んでいることがわかり、取り壊すことが決定しました。

                                               
                                               
                                               

振り返り

ホテル一景閣の会議室で一日を振り返る

 宿泊していたホテル一景閣の会議室で一日の振り返りをしました。履修生のコメントです。「60-70歳の人で亡くなられた方が多く、つらく感じた」「津波による浸水の高さに驚いた」「共徳丸の異様さは凄まじかった。ただ、それくらいのものがないと、動かない自分の鈍感さも感じた」「地元の人が見ている景色と、我々が見ている景色が全く違う。地元の人は震災前の景色を想像しながら話しているが、我々の前にあるのは草の生い茂った場所だ。それを見ても共感を感じることはすごく難しい。地元の人が話すのを聞いて初めてやるせなさを感じとれたような気がした」。震災遺構について、防潮堤についてなど様々な論点が浮かび上がりましたが、何よりも震災の凄まじさを感じた一日でした。

 佐藤さん、長い一日お付き合い下さり、ありがとうございました。

 東北フィールドワークは10日間にかけて行われました。各地域で色々な形で現地の方々に大変お世話になっています。お世話になりまして、誠にありがとうございました。我々の活動の詳細につきましては、追々、報告書やニュースレターの形で改めてご報告できればと思います。

(2013年9月7日, 広報担当: 平尾)

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