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活動報告

西淀川の町歩き(6月8日コミュニティワーク)

6月8日(土)、「コミュニティワーク」の授業で西淀川周辺のまち歩きをしました。現在の西淀川一帯は緑も多く美しい町ですが、1960-70年代には公害で苦しんだという歴史もあります。今回のまち歩きでは、町の美しさと公害への取り組みを見て回りました。

授業では「あおぞら財団」(http://aozora.or.jp/)の藤江徹さんをお迎えして、西淀川公害訴訟についてご講義いただきました。「あおぞら財団」は西淀川公害訴訟の和解のときに被告と原告で作った財団であり、このような成り立ちを持つ財団は全国的にも珍しいそうです。

今となってはあまり想像しにくいことかもしれませんが、高度経済成長期の大気汚染は深刻であり、空が灰色になってしまうこともあったそうです。そのような中で、呼吸器系の疾患を患う人々が出てきて、「死ぬよりつらい」と言われるほどの発作に苦しむ人もたくさんいました。

授業の後半では、グループごとに分かれて、それぞれの意見を共有しました。

授業前は、西淀川公害そのものについて知らない履修生もたくさんいましたが、藤江さんの話を伺い、「どのように、被告と原告が和解することができたのか」「当時の住民の人たちに引越という選択肢は全くなかったのか」など、様々な意見が出ました。

まち歩きは、同じく「あおぞら財団」の林美帆さんが率いて下さいました。

高速道路付近で林さんが公害を軽減する工夫について説明されています。

人々の住みやすさのため、騒音を計測する装置、有害物質を取り除く塗料、車の音を小さくするための舗装など、多くの工夫がなされています。診療所の前で林さんが説明して下さっています。「西淀川公害のときに『何かおかしい』と気づいた人たちは、小中学校の先生方やお医者さんであった。その人たちが公害訴訟の時に重要な役割を果たした。」とおっしゃっていました。

緑蔭道路を歩きました。今は市民の憩いの場です。

この緑蔭道路は昔は農業水路だったのですが、高度経済成長の時代に工業用水が垂れ流されるようになり、その結果、非常に汚い川になってしまいました。

住民運動の結果、このようなきれいな緑蔭道路ができたそうです。

履修生は、付近の住民の方々に聞き取りをして、感想をまとめました。「昔は大変だったが、今くらい綺麗になれば『住めば都』だと言っている人がいた。自分もいい町だと思った」「公害を知っている古い住民と公害を知らない新しい住民が1つのコミュニティの中で普通に暮らしているのが興味深かった」。林さんは最後に「本はエッセンスを絞り出して書かれているため、そぎ落としている情報が必ずある。実際に見て感じ取ることが非常に大切です」とおっしゃっていました。藤江さん、林さん、西淀川のみなさま、ありがとうございました。

(2013年6月11日, 広報担当: 平尾)

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