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活動報告

海外インターンシップ(2期生: タイ)


2期生の海外インターンシップのご報告です。未来共生プログラムでは3年次に半年ほど様々な国でNGP、NPO、学校の公的組織でインターンとして活動します。高原耕平さん(文学研究科 博士後期課程2年)はタイのパンガー県タクワパー郡にあるBaan Than Namchai Foundationでインターンとして働きました。以下、高原さんからです。

ツナミの後で

[写真 1]財団の生徒たち

[写真 2]小さなもの

タイから帰国して、ちょうど1ヶ月になりました。現地で過ごした3ヶ月の記憶が、日々の書類仕事のなかで急速に遠ざかっては、夜の浅い眠りのなかで穏やかに寄せ返してきます。バーン・ターン・ナムチャイ財団はタイ南部、インド洋沿岸の漁村近くにある民間の児童養護施設です。2004年のスマトラ沖地震津波による孤児たちを引き取り育てるために設立されました。当時の孤児たちは卒業して、いまはおよそ100人の子供たちが生活しています。

多くのものを見ました。施設には毎週のように海外からの寄付者が来訪します。歓迎のために幼児クラスの生徒が歌を歌い、小中学生の女子生徒がダンスを見せます。来訪者にとっては旅先のエキゾチックな体験ですが、子供たちにとっては毎週の仕事です。施す者と受け取る者、ヨーロッパとアジア、先進国と後進国、見る視線と見られる肌……そうしたギャップにさまざまな問題や不健康なものを読み込むことはできますが、「寄付とダンス」が100人の生徒が生き抜くための手段であることも確かです。

多くのことを聞きました。ツナミで家族を喪ったスタッフに話を聞いている最中、通訳を務めてくれていたスタッフがこらえきれず泣き出すこともありました。流されてきた車がこの窪地に水没してたくさんの人が死んでいた、と自動車で移動中にぽこんと教えてもらうこともありました。言われなければそのまま通り過ぎていた。

声、というものは不思議なものです。自分が住む村が家族ごと押し潰されてゆくのを洋上の漁船から見ていた女性の話を聞いていたとき、わたしは確かに揺れる船上から瓦礫だらけの海岸線を見ていました。まるで彼女の両眼を借りているかのようでした。声と身振りのなかに、聞いている自分が組み込まれてゆくのです。けれども、それは幻影でもある。幻ではあるけれどうつろに消えてしまうことはなく、さまざまな話を新たに聞くたびに、それが別の紋様に更新されてゆく。いちどきりの声にいちどきり居合わせることをくりかえしながら、リアルな何かを得た気になってゆくけれど、おそらく彼女たちひとりひとりが持っている分厚い本の、ほんの数頁を不完全に書き写したにすぎません。

[写真 3]ツナミ死者の共同墓地

多くのものごとを見聞きしました。日本に戻ってきて考え始めているのは、わたし自身は彼らの声や姿をそのまま再生することはできないということです。いきなり日本から来てスタッフに被災体験を語るよう求めるわたしは、子供たちのダンスを期待する観光気分の訪問客とどこまで違っていたというのか。すくなくとも、自分の仕事は哀話や美談をとりまとめて頒布することではないはずです。見聞きしたことをどのようにして再び自分で言葉に戻し、外の世界に示し直せばよいのか、ということをようやく考え始めています。

おそらく、文体が必要なのです。ツナミのことを語るときの、声や手振り。見知らぬ海外の客人に子供たちがダンスをするときの、曖昧な笑顔と視線のさまよい。それらのかたちを丁寧にふちどるための文体です。それが課題です。

(2017年5月12日, 高原)

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