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活動報告

「甲六 今月 どないする?」(プロジェクト・ラーニング西宮班)のご報告

 2期生のプロジェクト・ラーニングのご報告です。今回は「甲六 今月 どないする?」プロジェクトを企画した西宮班の高原耕平さん(文学研究科博士後期課程2年)からです。西宮班は西宮市社会福祉協議会の皆さまからの協力を得て、1995年の阪神大震災の後に建てられた「復興公営住宅」である「甲六」を主な活動場所としてきました。以下、高原さんからのご報告です。

プロジェクト・ラーニングを終えて

[写真1]「甲六」の様子

 きょう、西宮市の甲子園口六丁目住宅にフォトブックを持って行きました。住宅の集会場に入ると、西宮市社会福祉協議会の生活支援員さんがご自身のお弁当を分けてお昼ご飯を作ってくださいました。ミンチカツと餡饅もありました。これは住宅の住民の方が「あんたらこれ食べ」と持ってきてくれたものだそうです。この集会場は関西のオバちゃん式ギブ&テイクのハブ空間の機能を果たしているのだなと思いました。じぶんはプロジェクトラーニングの間、ずっとテイク、テイク、テイクばかりだった気がします。けれど今日はさいごに、1冊だけ「ギブ」をしました。6月末にここで開催した「七夕祭り」の写真を薄い冊子にしたものです。

 写真はみんなとてもイイ表情をしている。生活支援員さんは「あ、この写真なんかほんとキレイね。朝日グラフなんかに応募したら銀賞くらい獲れる」と言いました。褒めてるのかどうかわからない。インスタントコーヒーを淹れていただきました。チョコレートを一つ、いただきました。「ぼく先週引っ越したんですよ」と言いました。「あ、わたしの実家豊中なんです」ともう1人の支援員さん。そうこうしているうち、Sさんという住民の方が集会場に来られました。Sさんはトラックの運転手をしていたときの話を始めました。「すごい若いミニスカートの姉ちゃんがこんなトレーラー引っ張ってきたことあったで。北海道からひっぱってきた言うとったわ」。それからSさんはシリアのアサド政権の批判を始めました。写真も見ていただきました。みんなで写真の被写体をネタに、あれこれ話しました。嵐の後で地面もだいたい乾いていて、白い痩せ猫がベンチで秋のおひさまの中にまるまっている。住宅では今、お隣の保育所との合同イベントを企画し始めているそうです。ぼくも誘ってくれたらいいのに、なんだかさびしいなぁと思う。いや、私は忙しいのです。湯のみに何度もお茶を入れていただいて、ぼくはそれを何度も飲み干しました。ああ、何をしに来たんだろう。13時から始まる「手作り教室」に住宅のNさんが来られるそうなので、かのじょの顔だけ見て帰ろうと決意する。と思ったのにNさんは教室に来ないらしい。Sさんが「きょうは天気ええからな、みんな好きなとこ行っとるんやろ」と言いました。なんだよみんな自由だなぁと思う。

[写真2]イベント当日、貼られたチラシ

 紙とマジックをお借りして、「写真を見に来てください」という告知を集会場の玄関に貼らせていただきました。子どももお年寄りも、これを見て集会場に入ってきてフォトブックを開いてくれたらいいなと思ったのです。わたしたちのグループ(高原、山田、仲田)のミッションは、この住宅をもういちど元気にするきっかけを作ることでした。けれども、けっきょく元気をもらいに行っていたのはじぶん自身である。よくある言い回しだけれど、このことは否定できぬ。元気どころか昼飯までいただいてしまった。

 「甲六」は1995年の震災のあとに建てられた、いわゆる「復興公営住宅」です。ここの敷地内で花壇を作ろうとして土を掘っても、当時急いで埋めた瓦礫が土の下から出てきてどうにもならん、というお話も聞きました。この話はとても象徴的です。表面上は柔らかな土に覆われているけれど、すこし掘り返すと20年前の瓦礫に突き当たる。時間の流れが少しだけ他とは違う。時間が止まりながら動いていて、動きながら止まっている。老いと忘却、退嬰と日常のなかに、“現実”や“地域社会の課題”を簡単にパック詰めして持って帰るなよという重たいメトロノームが震えていて、でも苔の背伸びのような、深呼吸していいよというささやき。

 ふしぎな半年間でしたが、いま抱えている仕事を終わらせたら、また何かを手伝いに行こうと思います。

(2015年10月2日, 高原)

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