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活動報告

公共サービス・ラーニング「大阪市立南小学校訪問」のご報告


当日のチラシ
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 2015年1月30日(金)大阪市立南小学校を訪問しました。当日は、あいにくの雨でしたが、有志の参加者が心斎橋駅に集まり、南小学校のフィールドツアーに向かいました。今回の訪問は南小学校の先生方のご好意により、学校の公開授業の日に行かせて頂くことで実現しました。また、未来共生プログラムの授業である公共サービス・ラーニングでは、2期履修生の田中稜さんが南小学校でインターンシップをさせていただいていますが、今回のフィールドツアーは彼が中心となり企画・調整をしました。

 南小学校とはどういう小学校なのでしょうか。心斎橋駅の近く、都会の真ん中にあります。1980〜90年代に、大阪市立大宝小学校、大阪市立道仁小学校、大阪市立芦池小学校、大阪市立精華小学校が統合されてできた小学校です。それぞれの学校のルーツをたどると140年以上の歴史があります。高度経済成長期には都心部のドーナツ化による児童の減少を受けて学校の統合、そして、近年では日本社会への移民の増加による様々な国のルーツを持つ子どもの増加、というように社会の変化を先取りしている学校と言えるかもしれません。

 

[写真1]心斎橋駅での2期履修生の田中稜さんによるレクチャー

[写真2]大阪市立南小学校の校門

教頭先生による校内探索

[写真3]会議室でお話し下さる桐山佳晃教頭先生

[写真4]大きなクスノキがある南小学校の校庭

 まず、教頭の桐山佳晃先生が学校を案内して下さいました。我々が南小学校についたとき、ちょうど、給食後の清掃の時間だったようで、児童がほうきを持って掃除をしていました。校庭、給食調理室、家庭科室、図画工作室、図書館、体育館など、一般的な小学校の風景です。校庭には大きなクスノキがあります。このクスノキは大宝小学校の頃からあるそうです。実は、昨年度まで本プログラムの担当教員であった樺澤哲先生(現、大阪大学北米センター・センター長)は大宝小学校の卒業生で、今回のフィールドツアーに参加してくださっていました。樺澤先生が小学校に通われていた頃もクスノキがあり、当時が非常に懐かしいとおっしゃっていました。

 図書館は図書が大変充実し、パソコンがたくさん並んでいました。また、なんと、茶室が小学校の中にありました。茶室には、3月の雛祭りに合わせてでしょうか、立派な雛人形も飾られていました。季節ごとの行事を取り入れる先生方の子どもへの細やかな気遣いを感じました。体育館では、当日の次の日にあるイベント「歌っておどってチームコンサート」の準備がされていました。また、屋上のプールも案内して頂きました。

 南小学校は2000年以降、多文化化が進んでいます。全校児童の4割ほどが日本国以外のルーツを持つ子どもたちです。授業は日本語で進められていますが、学校のいたるところに日本語を母語としない児童への配慮をみることができます。たとえば、教室の標識。日本語だけでなく、英語、コリア語、中国語、フィリピン語など様々な言語で説明がなされています。

 南小学校には外国ルーツの子どものための「日本語教室」があります。日本語を学ぶ必要があれば、担当の先生が教えて下さるそうです。また、通級指導教室「ことばの教室」もあります。通級指導教室は大阪市内には15教室あり、子どもはどの学区に所属しようとも自由に選択して通学することができます。学習やコミュニケーションに課題があるときに指導を受けることができる教室です。日本語を母語とする子どもも通っていますが、外国をルーツとする子どもも多く通っているとのことです。教員免許と言語聴覚士の資格を持っている先生が指導をされており、入級希望が多いとのことです。

[写真5]多言語の表示がある校内の掲示

[写真6]通級指導教室「ことばの教室」

[写真7]多言語の挨拶文が書かれた掲示物

[写真8]小学校の中にある茶室

校長先生のお話

[写真9]お話し下さる山﨑一人校長先生①

[写真10]お話し下さる山﨑一人校長先生②

 校長の山﨑一人先生がお話して下さいました。南小学校は著名人の出身者も多く、たとえば、作家の山﨑豊子、俳優の藤山寛美の出身校だそうです。2000年前後から多国籍化が進み、今では在籍している生徒の4割以上の子どもが外国にルーツを持ちます。ルーツも多様で、15ヵ国にも及びます。

 まったく日本語を話せない状態で入学してきたり、転校してくる子どももいます。初期の面談では、大阪市が通訳を派遣して対応してくれますが、子どもが実際に小学校に通い始めるようになると、子ども一人一人が小学校に溶け込んでいく必要があります。やはり最初は子どもにも負担が重く、不安を訴える子どもも多いそうです。とはいえ、数日から3ヶ月程度で徐々に輪の中に入っていきます。また、全く日本語を話せない子どもを、その子の母語を理解する子どもが通訳を買って出たりすることもあるそうです。さらには、面談時に日本語を苦手とする親の通訳を子どもが引き受けることもあります。このようなことをお伺いすると、南小学校の環境は多文化共生社会の最前線に位置し、日本人も他言語・他文化に触れられる素晴らしい環境のように思われます。

 しかしながら、様々な課題もあると校長先生は続けます。第1に学力的な問題があります。言語の問題があるため、学力を身につけるのがなかなか大変である。たとえば、先生が「下水道が網の目のように張り巡らされている」という説明をしたとします。幼児期より日本に在住しており、日本語の扱いに慣れていれば、それがどのような状態を意味するのかわかるのですが、そうでない子どもは、「下水道」はわかったとしても、「網の目のように」という表現で思考が停止してしまう。そのようなことが授業の中で積もり積もっていくと、結果的に学習意欲の低下に繋がってしまいかねない、という問題があります。

 第2にアイデンティティの確立という問題があります。南小学校ではミナミという町を知ることを通して、アイデンティティの確立を目指しています。たとえば、4年生には道頓堀を船でめぐる川探検、5年生には和太鼓叩きの地域活動を通し、地元への愛情をはぐくんでいます。異文化理解の推進も行われています。たとえば、バンブーダンスを一緒に踊ることはその文化圏出身の子どもにとって良いことですし、また、韓国やインドネシアの伝統舞踊をみんなで踊ることも同様です。フィリピンの町の映像を授業で紹介すると、フィリピンをルーツに持つ子どもはクラスの主役になれます。在籍する15ヵ国の国々の文化にそれぞれの子どもが触れることで異文化理解、さらにはアイデンティティの確立に貢献できます。

[写真11]参加者の集合写真

 
 南小学校で特に心掛けていることを強調されました。それは「時間、持ち物、挨拶」、つまり、時間を守ること、持ち物を忘れないこと、挨拶をしっかりすること、であり、この3つをしっかりできるようになるように指導している、とおっしゃっていました。その理由は、どのような社会であっても、それらができれば困らないためです。仮に子どもが母国に帰ったとしても、その社会でもしっかりと社会に貢献する大人になり、ひいては日本とその国との架け橋になってもらいたい、とおっしゃっていました。

 校長先生は南小学校とNPO団体の取り組みである「Minamiこども教室」にも触れられました。外国から日本にやって来ると、言語の問題に加えて様々な苦労をされることがある。その結果、親御さんだけでなく子どももその苦労を味わうことになる。校長先生は何かできないかと考えて、いろいろなNPO団体の人と会い、問題解決の手段を模索されたそうです。そして、「Minamiこども教室」という教室を立ち上げられました。最初は、実際に子どもが集まるか不安だったそうです。しかし、子ども同士の口コミで広がり、現在、26名の子どもが教室に参加してくれるようになりました。地域に活動場所が設置されており、主にNPOのボランティアが中心になって運営されているそうです。校長先生はこのような教室を立ち上げられて非常に嬉しかった、とおっしゃっていました。

 今回の南小学校の訪問で、多文化共生の最前線に少し触れられたような気が致しました。非常に有意義な時間を持つことができました。このような機会を設けて下さった、南小学校の校長先生・教頭先生を始め、関係者の皆さま、ありがとうございました。

 

(2015年2月22日, 平尾)

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